金融機関が組成した証券化商品の受け皿

十月三十日、メリルリンチは七十九億ドルの評価損計上を発表し、スタンーオニール最高経営責任者(CEO)が辞任した。翌月五日には、シティグループが簿価五百五十億ドルの住宅関連の金融資産が八十億−百十億ドルに減価する見込みであると発表。チャールズープリンスCEOが同グループを去った。ワコビア、UBS、HSBCなど欧米主要金融機関が相次ぎ、損失処理を発表した。このとき、欧米の主要金融機関は「厳しい価格評価をした結果」と強調した。不良債権処理が遅れた日本の「失われた十年」と比べ、欧米銀の対応は確かに速かった。だが、市場は不十分だと見抜いていた。

欧米勢が処理したのは、会計上、バランスシートにのせている金融資産についてだった。各金融機関は証券化商品を組成するために、住宅ローンや住宅ローン担保証券などを大量に仕入れていたが、証券化市場の機能停止で、売れ残りを抱えていた。それらには評価損が発生しているはずだが、市場から買い手が消え、証券化商品の売買が成立しない状況になっていたため、正確な時価は誰にも分からない。値段がつかない以上、評価損を厳しく計上したと言っても、あくまでも言い値にすぎなかった。

さらに、市場が懸念したのは、各金融機関が簿外に抱える運用組織の存在だった。特に、ストラクチャードーインベストメント・ビーグル(SIV)と呼ばれる運用組織の取り扱いが焦点になった。これらの運用組織は、金融機関が組成した証券化商品の受け皿。会計上は非連結化か認められていたが、実体は銀行の別動隊で、これらを切り捨てれば、その銀行の信用低下につながりかねなかった。かといって、連結化すれば、銀行が多額のリスクを抱え込むことになる。ポールソン米財務長官は、民間資金を集めた買い取りファンド構想を後押ししたが、これは不調に終わった。年末にかけて、英HSBC、米シティグループはそれぞれ四百十億ドル、四百九十億ドルのSIVを、やむを得ず連結化すると発表。バランスシートの外に切り離したはずのリスクが銀行財務に戻り始めた。

不安を抱えたまま、年越しした○八年は波乱の一年となった。三月のベアー・スターンズ危機、七月の米住宅金融公社の経営不安など危機の波は次第に高くなっていった。そして、九月の米リーマンーブラザーズ破綻処理に、世界の市場関係者は震えた。リーマン破綻をきっかけに、世界中でドルの流動性が枯渇したのだ。金融機関は市場から資金を取れず、相次ぎ資金繰り難に陥り、各国政府は救済に動いた。金融機関の貸し渋り実体経済を悪化させ、不良債権増の形で銀行財務に跳ね返る「金融不全」と「実体悪化」の負の共振も一段と深刻さを増した。金融機関の損失も、加速度的に拡大した。

米ブルームパークによれば、○七年第3四半期から○八年第3四半期まで約一年の問に米国の金融機関(主要な銀行、証券、保険や住宅金融二公社)が計上した保有資産の評価損や売却損は累計六千七百億ドルで、一ドル=一〇〇円換算で六十七兆円に上る。欧州(二千八百億ドル)、アジア(三百億ドル)を加えると、世界の主要金融機関の累積損失は九千八百億ドルと、実績ペースで、バーナンキ議長が議会証言で言及した最大一千億ドルという試算の十倍に達した。例えば、○八年秋、米銀大手ウェルズ・ファー‘ゴに吸収された米銀大手ワコビアー行だけみても、いかに当時の予想が過小評価だったかが分かる。ワコビアが○七年秋から約一年で計上した累積損失は九百七十億ドルに上った。一行だけで議長が示した数字に相当する損失処理を迫られたのだ。