トクヴィルの場合

組織的比較例証法は、ただ単に研究者の気まぐれや、印象に基づいただけのいいかげんな方法ではない。その意味でこの方法は組織的なのである。しかし例証(illustration)という言葉が示すように、この方法のデータは、統計的方法のようにサンプルに基づいた証拠ではない。それはあくまで、仮説を効果的に読者に説得するために選び出された、実例に基づく議論なのである。

言いかえれば、この研究法で使用される経験的証拠は、研究者が自分の理論を提出するのに、もっともふさわしいと判断して選び出した実例である。これに対して反対者は、問題になっている議論に関して、もっとも都合の悪い実例を引いてくる傾向がある。こうして多くの場合、組織的比較例証法における議論は、提出された仮説について、もっとも都合のよい実例と、もっとも都合の悪い実例との、戦いを通して発展していく傾向があるのである。

そのため今日のアメリカにおいても、数量的研究の論文と質的研究の論文では、スタイルが著るしく異なっている。数量的研究の論文は、自然科学の論文とスタイルが似ている。それはまず従来の研究の要点を紹介し、自分の使用する理論と仮説とを述べ、仮説を検証するための方法を確定し、データの解析によって検証の結果を報告する。これらの論文はパサパサした、論理だけを追うというスタイルをとっている。これに対して今日でもアメリカの歴史学者などの論文は、文学的表現を使って、読者を説得するために伝統的な修辞法を豊富に使用したものが多い。

確かに統計的方法も、組織的例証法も、実験的方法は異る概念の操作によって、因果関係の推論を行おうとする方法である。しかし両者の使用する、具体的方法とデータの相違のため、両者はこのように異る表現法をとることになるのであろう。しかしそれにもかかわらず数量的研究の分野で発達した概念や方法を、質的研究の分野に導入しようという試みは、今日でもいろいろな形で行われている。最後に比較例証法の一例として、十九世紀フランスの著名な著述家トクヴィル(Alexis deTocqueville 1805-1859)の著作の社会学的分析を紹介しよう。この分析はバークレー社会学者、ニールースメルサー(Neil Smelser 1930)が行ったものである。

トクヴィルフランス革命後の一九世紀前半に生きた、貴族出身の外交官であり、政治家であった。しかし彼は今日『アメリカの民主主義』と『旧体制と革命』の二つの古典的著作によって、重要な著述家としての名が残っている。『アメリカにおける民主主義』は、トクヴィルが若い外交官としてアメリカを旅行したときの観察をもとにした、フランス社会とアメリカ社会の、比較研究である。

『旧体制と革命』は彼が政治生活から引退した後、五十一歳のときに出版した、フランス革命の分析である。この二つの著作を流れる主題は、フランス社会とアメリカ社会との比較であり、同時に近代化を求める社会変化の研究である。この主題を中心に、スメルサーは、その論理を図のようなモデルに整理した。このモデルはフランス大革命の発生を従属変数として、この従属変数に至る要因を、六個の独立変数の累積によって説明している。