商品ファンドに長期運用資金が流入

金融危機ばかりでない。衣食住ならぬ「油食住」の連鎖が、○八年の経済変調のキーワードだった。一時一バレルー五〇ドルに迫った原油相場。英誌『エコノミスト』が「静かな津波」と評した食料高騰。これら油と食の根元には、住宅危機に対応して緩めた金融の蛇口からあふれたマネーの存在がある。深刻なのは食料問題だろう。日本ではスーパーの店頭からバターが消えたとか、食品の値上げで家計の支出が増えたといった程度の話だが、低所得国では食料暴動が起きた。○八年三月までの一年間に小麦が一三〇%、コメは七四%、トウモロコシは三八%上昇した。尋常ではない。○八年四月十一日からワシントンで開かれた経済関連の一連の国際会議。七カ国(G7財務相中央銀行総裁会議はともかく、国際通貨金融委員会IMFC)、世銀・IMF合同開発委員会の話題は食料危機に集中した。

○八年四月に入ってハイチでコメよこせ暴動が発生し、ジヤツクーアレクシス首側か辞任に追い込まれた直後ということもある。エジプト、カメルーン、ギュア、アジアではインドネシアやフィリピンが暴動や社会不安に見舞われている。食料の政治的な危険性は金融とは比べものにならないと今村卓・丸紅米国会社ワシントン事務所長はいう。サブプライムローン問題に対処するための米金融緩和で放出されたマネーは、肝心の証券化市場にではなく商品市場に流れ込んだ。日米欧の金融当局者が日々、頭を悩ましているのも、こうした「市場問の分断現象」なのである。最も根強いのはロンドン銀行間取引金利(LIBOR)の高止まりとなって表れている金融機関の相互不信だ。実は米国ばかりでなく、欧州の問題も根深い。英国の中央銀行であるイングランド銀行は○八年四月二十一日、銀行が保有する住宅ローン担保証券(RMBS)を英国債と交換する金融支援策を発表した。

注目すべきは最大五百億ポンドという支援額だ。○六年の住宅ローンの新規貸出額が二千八百五十八億ポンドだったのと比べても、いかにも大きな金額である。名目GDPに対する住宅ローン残高の比率を見ても、英国は八三%と米国の七五・九%を上回る。日本の住宅金融支援機構によれば、オフバランス(簿外)化されていないカバードーボンド(担保付き債券)も含めた広義の証券化商品が住宅ローンに占める比率は、英国は二三・五%。大陸諸国ではドイツは一九・五%、フランスはI〇・四%と英国を下回るが、スペインのように五七・八%に達する国もある。米国の後を追って欧州の住宅バブルが崩壊しつつあるが、その先頭走者が英国なのだ。

欧州の金融機関は米国の証券化商品もしこたま買っており、米欧間の危機連鎖が収まらない。原資産である米国の住宅ローンは住宅バブルの崩壊とともに傷んでいる。田谷禎三大和総研特別理事は、企業債務、住宅ローン残高、消費者信用の対GDPと住宅価格について、八〇年以降の日米を比べたグラフを示す。それによると、八〇年代の日本は企業の負債、二〇〇〇年以降の米国は家計の住宅ローンが膨れ上がっているのがハッキリしている。米国では対GDPで四〇%台後半だった住宅ローン残高が八〇%近くまで拡大し、歩調を合わせて住宅価格が上昇した。みずほ総合研究所は「バブルの反動と供給過剰を映す形で、住宅価格が一〇年までに二割強下落することを、先物市場は織り込んでいる」という。○七年来、深刻になった米欧の金融不安。市場を落ち着かせようと米欧当局は大量の資金供給を実施したが、肝心の住宅や証券化市場には向かわず、先に商品へと流れ込んだのである。

○八年の年明けに初めて一〇〇ドルを突破した原油は、○八年五月五日に米投資銀ゴールドマンーサックスが「六−二十四ヵ月以内に一五〇−ニ○○ドル」との予測を出しだのを機に上昇ピッチを速めた。中国、インドなど新興国の需要増。採掘、精製など供給面の限界。中東の地政学リスク。後付けの理由が、我も我もと馳せ参じた。だが経済産業省の二〇〇七年度の『エネルギー白書』によれば、○七年後半に原油価格が一バレル一○○ドルに迫った時点で需給要因は五〇−六〇ドル。投機資金や地政学リスク分は三〇−四〇ドルにのぼるという。米上院司法委員会は○八年五月二十一日、原油高に関しエクソンモービルなど石油大手五社の首脳らを呼び公聴会を開いた。石油資本や産油国、値ザヤ稼ぎのファンドなどをやり玉に挙げようとしていた議員たちは、ヘッジファンドの運用担当者ミカエルーマスターズから思わぬ現実を突きつけられた。