自分の未来像を実現する

変遷する道すじをどのように切り開いていくのかという観点から考えるのは理にかなっている。未来へいたる道はたいてい複数あるからである。アップルコンピュータ、AT&T、コンパック、ダンディ、モトローラ、ヒューレットーパッカードはいずれも、手のひらサイズのコンピューターや通信機器の製造についてはアプローチが異なる。たいてい、同一の事業機会分野をめぐって、数社が将来の財宝を探り当てようとする。同時に、将来の事業機会について大局的には同一のビジョンを抱く企業間であっても、託そうとしている技術、考案していこうとする標準規格、製品やサしビスそのものの形態は、かなり異なっていたりする。

スキルや経営資源、現在の市場でのポジションからくる各社それぞれの出発点や、明日の事業機会をとらえる視点が各社それぞれに独特なため、会社が異なれば理想的な道も異なってくるだろう。たとえば、ソニーが未来の理想的マルチメディア構想を抱くとすれば、任天堂アップルコンピュータ、フィリップス、マイクロソフトのマルチメディア構想はそれとは異なるだろう。複数の構想は補完的なのかもしない。各社がマルチメディア市場の事業機会から究極的に獲得できる収入の大きさは、製品コンセプト、標準規格となる技術、アプリケーション、販売流通ルートにかなりの部分がかかってくる。
 
VTRの開発を進めるに当たって、ソニーと日本ビクターは別の道で未来をめざした。同様に、フィリップスとソニーは、デジタルーオーディオ録音装置で別の道を選択した。フィリップスはデジタルーコンパクトーカセット(DCC)だし、ソニーはミニディスクである。アメリカ、ヨーロッパ、それに日本は、ハイビジョン(HDTV)の将来をめぐ ってそれぞれ別の道を歩んできた。

NHKと日本のメーカーはMUSEと呼ばれるアナログ方式を推進したのに対し、EC(欧州共同体)は何億ECU(欧州通貨単位)もかけて、DIMACとして知られる別のアナログ方式を後押しした。さらにアメリカ企業は、デジタル方式の考案競争に走り、そのうちのいくつかがFCC(米連邦通信委員会)からアメリカでの新しいハイビジョン標準規格として選定されることになった。同じように、IBM、サン、ヒューレットーパッカード、DECなどの多数のコンピューター会社が、RISC技術に基づく新コンピューター・アーキテクチャーの確立をめぐって競争を重ねてきた。

各社は今日と明日との間の最短ルートを発見しようとするだけでなく、競合他社が遠回りをしたり、高くつく道をとらざるを得ないように仕向けたり、自分の未来像を実現しようとして、競合他社の取り込みを図ったりしている。日本企業との戦いで、フィリップスは競争の最終段階で幾度となく息切れを起こして脱落してしまったが、それはすばやい製
品ラインの増強とコスト削減が、成功のカギを握っていたからである。

しかし、フィリップスには、競合他社に遠回りをさせる天性の才能がある。ソニーがデジタルーオーディオーテープ(DAT)を通じてデジタル録音技術の分野で主導権を握ろうと攻勢をかけると、フィリップスは子会社のポリグラムを通じてレコード業界に力を加え、ソニーの行く手を阻むことができた。またフィリップスはソニーの提唱する方式を採用しないよう松下に働きかけた。DATはこうして市場で日の目を見ることなく敗退し、フィリップスはDATの代替商品となるDCCを開発・推進するのに必要な時間を稼いだのである。